東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9497号 判決 1986年12月23日
原告
加來洋二郎
原告
加來千晶
右両名訴訟代理人弁護士
伊藤孝雄
佐藤充宏
鈴木篤
被告
千葉県
右代表者知事
沼田武
右訴訟代理人弁護士
石川博臣
右指定代理人
山本恭介
外四名
被告
国
右代表者法務大臣
鈴木省吾
右指定代理人
芝田俊文
外六名
被告
松戸市
右代表者市長
宮間満寿雄
右訴訟代理人弁護士
清水昌三
右訴訟復代理人弁護士
田中その子
右指定代理人
宇田川正
外一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して、原告加來洋二郎に対し金一四一六万九一三八円、原告加來千晶に対し金一三八六万九一三八円及び右各金員に対する昭和五二年四月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告国、同千葉県)
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
(被告松戸市)
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 原告らの二女加來いずみ(昭和四七年二月一日生、当時五歳、以下「いずみ」という。)は、昭和五二年四月二一日午後二時四〇分頃、千葉県松戸市平賀字谷川付近において、一級河川「富士川」に転落して溺死し、翌二二日午前一一時四五分頃、同市平賀字谷川二四八番地先及び流山市前ケ崎字羽中一三五番地先の富士川川底で水死体となつて発見された(以下、右転落事故を「本件転落事故」という。)。
(二) いずみの転落地点(以下「転落地点」あるいは「本件転落事故現場」という。)は、前記死体発見地点より上流二八・六メートルの松戸市平賀字谷川二四八番地先と同二四九番地一先の境界付近に架けられていた丸木橋(以下「丸木橋」という。)上あるいはその周辺またはその上流である。
(三) 仮に右(二)でないとしても、いずみの転落地点は前記死体発見地点と丸木橋との間である。
2 富士川及び本件転落事故現場付近の状況等
(一) 富士川は、上流端左岸松戸市東平賀字中田六六三番の一地先、右岸流山市前ケ崎字中七〇番の三地先より下流端坂川への合流点に至る利根川水系に属する流路延長一六三〇メートルの河川であり、昭和五一年五月一〇日、建設大臣により一級河川及びその指定区間に指定された(建設省告示第八三〇号、同第八三一号)。
(二) 本件転落事故当時、本件転落事故現場付近においては、富士川は、幅員が約三・五メートル、水深が約二メートル(ただし川底から約一・三メートルの厚さでヘドロが堆積していた。)で、水面から岸までの高さが約一メートルあり、両岸の法面からいきなり水面にほぼ垂直に切れ込み、深みに至るという形状となつていて、転落した場合、つかまつてはい上がれるような物はない危険な構造であつた。
(三) ところで、本件転落事故現場付近の富士川の構造が右(二)のとおりになつたのは、被告松戸市が浚渫工事を行つたことによるものである。
すなわち、付近の人口が急増し、富士川には住宅からの生活雑排水が流入して水量が増加したこと等の事情から、本件転落事故前の数年間、増水期には一級河川に指定されていない富士川の上流の河川で出水・溢水事故が頻発し、このため、被告松戸市では、右出水等の事故を防止する対策として、松戸市長が富士川の浚渫について河川管理者である千葉県知事の許可を受け(河川法二七条一項)、同市が費用を負担して、昭和五一年一二月頃から翌五二年三月中旬頃までの間、富士川の上流端から前記いずみの死体発見地点より下流約五〇メートルの地点までの区間の富士川の浚渫工事を行つた(以下、右浚渫工事を「本件浚渫工事」という。)。
(四) 富士川は、本件浚渫工事がされる前の昭和五一年までは、小川程度の自然河川であり、本件転落事故現場付近においては、幅員が約三・五メートル、水深が約三〇センチメートルで、両岸の法面は緩やかに水面に傾斜し、松戸市平賀字谷川二三〇番地一〇先のコンクリート橋(以下「コンクリート橋」という。)付近から丸木橋付近一帯にかけては岸の天端と水面との間の法面の途中に畔道状の道が存在する構造、状況であつたところ、本件浚渫工事により右(二)のとおりの構造となつたものである。
3 富士川の設置・管理の瑕疵の内容
(一) 富士川は、松戸市と流山市との市境に位置し、松戸市の東平賀、平賀、幸田各地区の新興住宅地(昭和五二年六月現在、右三地区の人口は二一二二戸、六六〇一人であつた。)に沿つて流れ、松戸市側においては市街化調整区域をはさんで富士川と住宅密集地との距離は約八〇メートルと近接している。加えて、本件浚渫工事前の富士川の構造は前記2(四)のとおりであつたため、付近の子供らは富士川に至り川の中に降りてざりがにや小魚等を獲るなど富士川を安全で絶好の遊び場として利用していた。
(二) ところが、富士川は、本件浚渫工事によつて前記2(二)のとおりの構造となり、一旦転落したならば子供が自力ではい上がることのできない危険な河川となつた。
(三) このような状況の下では、付近の子供らが本件転落事故現場付近において遊び、富士川に転落して溺死する危険性が十分予測しえたものであるから、富士川の設置・管理者としては、富士川への転落事故を防止するため、立札等の警戒標識を設置し、付近の住民に対する回覧を行う等の広報活動を行うことによつて本件転落事故現場付近の富士川の危険性を周知させ、また、富士川の岸には柵、鉄線、金網等の防護施設を設置し、丸木橋については河川法上の占用許可あるいは工作物の設置許可を得ないで設置されていたものであるから、これを除去するか橋に手摺りや囲い等の転落防止施設を設置するなどの措置を講ずべきであるところ、これらの措置が講じられていなかつたのであるから、富士川の設置または管理に瑕疵がある。
(四) 仮に、本件転落事故現場付近において浚渫工事が行われていないとしても、同所付近の富士川の形状、構造は前記2(二)のとおり危険なものであるから、前記のとおり、富士川の設置または管理に瑕疵がある。
4 被告国及び同千葉県の責任
被告国は富士川を設置・管理していたものであり、被告千葉県は富士川の設置・管理の費用を負担していたものである。本件転落事故は前記3のとおり富士川の設置または管理の瑕疵によつて生じたものであるから、被告国は、富士川の設置・管理者として国家賠償法二条一項により、被告千葉県は、富士川の設置・管理の費用負担者として同法三条一項によりそれぞれ損害を賠償する責任を負う。
5 被告松戸市の責任
(一) 被告松戸市は、昭和五一年五月一〇日、一級河川として指定されるまで富士川を準用河川として管理し、右指定後も富士川を上流の松戸市小金原、同根木内の小金原団地などからの生活雑排水の排水路として利用していたが、上流の河川で前記のとおり出水・溢水事故が頻発していたことから、富士川の流下能力を高めるため本件浚渫工事を同市の費用で行つたものであつて、富士川の事実上の設置・管理者というべく、本件浚渫工事により富士川は前記2(二)のとおりの危険な構造となり、富士川の設置または管理に瑕疵があることは前記3のとおりであるから、同市は富士川の事実上の設置・管理者として国家賠償法二条一項により損害を賠償する責任を負う。
(二) 被告松戸市は、本件浚渫工事を行うにあたつては、工事方法、工事内容、結果のいずれにおいても住民に危険の及ばないよう配慮すべき義務を負うところ、本件浚渫工事により前記2(二)のとおりの危険な構造を作出しながら、付近の住民に対し注意喚起、危険告知の周知徹底のための広報活動を一切行わず、転落事故発生の危険性を除去するための防護施設の設置も怠り、もつて右義務に違反した過失により本件転落事故を招来したのであるから、同市は民法七〇九条により損害を賠償する責任を負う。
(三) 仮に本件転落事故現場付近で被告松戸市が浚渫工事を行わなかつたとしても、同市は前記のとおり富士川を事実上管理し、住民に対しその安全を配慮すべき義務を負つていたのであるから、国家賠償法二条一項及び民法七〇九条により損害を賠償する責任を負う。
6 損害
(一) 葬祭費
いずみの葬祭費として、原告加來洋二郎は、金三〇万円を支出し、同額の損害を被つた。
(二) いずみの逸失利益
いずみは昭和四七年二月一日生(当時五歳二か月)の健康な女子であつたから、本件転落事故がなければ満一八歳から満六七歳までの四九年間は稼働しえたものと推定されるところ、昭和五九年賃金センサス女子労働者平均賃金の年収額は金二一八万七九〇〇円であるから、これを賃金上昇率を年六パーセントとして昭和六一年の平均賃金の年収額に換算すると金二四五万八三二四円となり(一円未満の端数切捨、以下同様)、右金員に家事労働相当分金七〇万円を加算すれば、年収額は金三一五万八三二四円となる。
そこで右年収額を基礎とし、右稼働可能期間中のいずみの生活費を収入の三割とし、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、いずみが右稼働期間内に得るであろう純収入の現在価額(いずみの逸失利益)を算出すると、金三九八五万〇一五三円となる(3,158,324円×0.7×18.025=39,850,153)。
原告らは、いずみの父母として、右金員の各二分の一にあたる各金一九九二万五〇七六円を相続した。
(三) 慰謝料
原告らは、昭和四五年二月二二日、生後一歳の誕生日を迎えたばかりの長女さゆりを種痘禍脳炎で失つたことから、その後生まれたいずみに対しては人並み以上の愛情を注ぎ、再びさゆりのような不幸に遭わないよう細心の注意を払つて育ててきたところ、そのいずみをまたしても不測の事態によつて突然に奪われたこと、被告らは原告らからの話し合いの申し入れに一切応じようとしないことなど諸般の事情を考慮すると、原告らの受けた精神的苦痛を慰謝するには各金七五〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用
原告らは、本件転落事故による損害賠償請求のため、本件原告代理人らに訴訟追行を委任し、その際、原告代理人らに対し、費用及び報酬として各金二〇〇万円を支払う旨約した。
よつて、原告加來洋二郎は、被告ら各自に対し、前記6の損害金二九七二万五〇七六円のうち金一四一六万九一三八円及びこれに対する本件転落事故発生の日である昭和五二年四月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告加來千晶は、被告ら各自に対し、前記6の損害金二九四二万五〇七六円のうち金一三八六万九一三八円及びこれに対する昭和五二年四月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
(被告国、同千葉県)
1 請求原因1(一)の事実のうち、いずみの転落時刻は知らない。その余は認める。同(二)及び(三)の事実は知らない。
2 同2(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実のうち、松戸市長が富士川の管理者である千葉県知事から河川法二七条一項所定の許可を受けたことは認め、その余は知らない。なお、千葉県知事が松戸市長に与えた許可は、富士川の上流端から松戸市東平賀字仲田二五〇番二五地先までの五〇〇メートルにわたる区間を対象とするものである。同(四)の事実は否認する。
3 同3(一)の事実のうち前段は認め、後段は否認する。同(二)ないし(四)の事実は否認する。本件転落事故現場付近は、市街化調整区域に指定され、松戸市側においては富士川は住宅地から約八〇メートルを隔てており、一方、右住宅地には公園等の子供の遊び場が確保されていた。また、富士川の天端は一般の通行の用に供されておらず、幼児、学生らが通園、通学に利用している場所でもなく、加えて富士川には昭和四五年以降家庭からの生活雑排水が多量に混入して水質が極度に悪化していたことから、子供らが川の中に入ることは予想できなかつた。さらに、本件転落事故前に富士川への転落等による人身事故はなく、事故防止施設設置の要望もなかつた。右の状況の下では、富士川に転落事故を防止する措置を講ずる必要性はなかつた。
4 同4の事実のうち、被告国が富士川の設置・管理者であり、被告千葉県が設置・管理の費用負担者であることは認め、その余は争う。
5 同6(一)の事実は知らない。同(二)の事実のうち、いずみが当時五歳二か月の女子であつたことは認め、その余は知らない。同(二)の事実は争う。同(四)の事実は知らない。
(被告松戸市)
1 請求原因1(一)の事実のうち、いずみの転落時刻は知らない。その余は認める。同(二)及び(三)の事実は知らない。
2 同2(一)の事実は認める。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実のうち、上流部分での出水・溢水事故を防止する対策の一つとして被告松戸市が河川管理者である千葉県知事の許可を受けて昭和五一年一二月頃から約九〇日間の工期で富士川の上流端から約五一〇メートルの区間の浚渫工事を行つたことは認め、出水・溢水の主な原因が人口の急増による生活雑排水の増加にあること、本件浚渫工事による工事区間が本件転落事故現場を含み、いずみの死体発見地点より下流約五〇メートルの地点にまで及んだことは否認する。同(四)の事実は否認する。
3 同3の事実はいずれも否認する。
4 同5はいずれも争う。
5 同6の事実はいずれも否認する。
三 抗弁(被告国、同千葉県)
1 いずみは、本件転落事故当時五歳であり、心身の欠陥は特になく、善悪の判断能力を備え、健康状態も良好であつて、本件転落事故の前月まで通園していた黒川幼稚園において水難防止等についての安全指導を受けていたものであるから、本件転落事故現場付近における転落、溺死の危険に対する認識、判断力は十分に有していたと考えられるところ、本件転落事故は、いずみの故意あるいは重大な過失に基づく行為か、または被害者側の責に帰すべき特別の事情によつて発生したものである。
2 原告らは、いずみの親権者として同女を監護すべきであり、また、本件転落事故現場付近に居住し、富士川を含む地理的条件は知悉していたのであるから、いずみに対し、同女の年齢、性格、日常の遊び方等を考慮した上、富士川の周辺に近づくことを厳に注意監督し、本件のような死亡事故の発生を防止しなければならなかつたところ、これを怠つた重大な過失により、本件転落事故を発生させたものである。
3 したがつて、被告国及び同千葉県は過失相殺を主張する。
四 抗弁に対する認否
抗弁1及び2の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一事故の発生
1 請求原因1(一)の事実は、いずみの転落時刻を除いて当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、いずみは昭和五二年四月二一日午後二時二五分頃から同二時三五分頃までの間に富士川に転落したものと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 請求原因1(二)及び(三)(いずみの転落地点)について判断するに、本件全証拠によるも、いずみが丸木橋から転落したことを認めるに足りる証拠はなく、当事者間に争いのないいずみの死体発見地点及び前記1で認定したいずみの転落時刻並びに<証拠>を総合すれば、いずみは死体発見地点付近の松戸市側の天端から富士川に転落したものと推認されるが(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、本件全立証によるも、さらに天端のどの地点から、どのようにして転落したのか等の事故発生態様の詳細を明らかにすべき証拠はない。
なお、原告らのいう丸木橋からの転落の可能性については、<証拠>を総合すれば、丸木橋は松戸市平賀字谷川二四八番地先と同二四九番地一先の境界付近、いずみの死体発見地点の上流約二九メートルの地点の富士川に架けられていたこと、本件転落事故当時の丸木橋付近の富士川の水深は約四〇センチメートルであつたこと、丸木橋直下やや下流の富士川の川底には水面下約三〇センチメートルのところに幅約一メートルで蛇篭が設置されていたこと、丸木橋は右蛇篭の上面から約一六八センチメートルの高さにあつたこと、いずみの身長は一〇五センチメートルであつたこと、したがつて、仮にいずみが丸木橋から転落したのであれば、その際あるいは転落後もがく際に外傷を負う蓋然性が高いところ、いずみの死体は発見された際全身に泥水がかかつていたが、着衣の乱れはもとより外傷も認められなかつたこと、また、流水の流下速度も緩かで右蛇篭部分の水深箇所を通過して死体発見箇所まで流下する可能性は乏しいこと、いずみは前記1の転落時刻前の午後二時二五分頃付近の住民二名にいずれも死体発見地点より下流の松戸市側の天端において友人の増田由起子(当時五歳)と一緒にいるところを目撃されていること、右由起子は、いずみの転落を目撃したものと推認されるところ、いずみ捜索時においていずみが転落した地点として死体発見地点下流を指示し丸木橋を指示したことはなかつたことが認められ(成立に争いのない乙第二、第七ないし第九号証の各記載は推測や単なる噂の域を出ない内容のものであつて右認定の妨げとはならず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。)、右認定事実に鑑みると、いずみが丸木橋から転落した可能性をうかがうことはできないものといわざるをえない。
二富士川及び本件転落事故現場付近の状況等
1 請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因2(二)(本件転落事故現場付近の富士川の構造)について判断するに、<証拠>を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 本件転落事故当時、本件転落事故現場付近の富士川は、幅員が約三メートルで、水深は丸木橋付近において約四〇センチメートル、死体発見地点付近において約二メートルあり、右死体発見地点付近においては、川底に約一メートルの厚さの泥水様のヘドロが堆積していた。
(二) 水面から天端まで(法面)の高さは約一メートルあり、法面は水面にほぼ垂直に切り立ち、草に覆われ、天端の路肩部分に立つと足元の土が崩れて落ちそうになるような傾斜になつていて、転落した場合つかまつてはい上がれるような物は存しなかつた。
(三) 松戸市側は平担で幅員が約二メートルあり、路肩部分は草に覆われ法面に続いていたが、天端と法面とを見極めることは十分可能な状態であつた。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 そこで右2で認定した本件転落事故現場付近の富士川の構造が、被告松戸市の浚渫工事によつて形成されたものであるか否かについて判断する。
<証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 富士川及びその上流端で富士川に合流する上富士川、平賀川(この二河川は一級河川の指定を受けていない。)は、上富士川の流域の松戸市小金原及び同根木内に小金原団地ができた昭和四五年頃から、住宅からの生活雑排水が流入して水量が増加し、雨量が多くなると上流の上富士川流域で溢水するようになり、一年に六、七回は付近の田畑や住宅に浸水して被害を生じていたこと
(二) そこで被告松戸市は、右溢水事故を防止するため富士川を浚渫して上流部分の流下能力を高めることとし、松戸市長が富士川の上流端である松戸市東平賀字仲田六六三番の一地先から同市東平賀字仲田二五〇番二五地先までの富士川の浚渫工事について、昭和五一年一一月五日、河川管理者である千葉県知事の河川法二七条に基づく許可を受け(松戸市長が千葉県知事の許可を受けたことは当事者間に争いがない。)、同年一二月七日、訴外開発工業株式会社(以下「開発工業」という。)との間で、工期同年一二月八日から同五二年三月二五日まで、請負工事代金一〇三五万円(同年三月四日設計変更により五七万五〇〇〇円増額されて一〇九二万五〇〇〇円とされた。)で富士川の浚渫工事について請負契約を締結したが(以下「本件請負契約」という。)、本件請負契約による工事区間は浚渫工事が富士川の上流端からコンクリート橋上流一〇メートルの地点までの約五一二メートル、鋼矢板工事がコンクリート橋上流一〇メートルの地点から下流一〇メートルの地点までの約二六・三メートル(コンクリート橋の幅員約六・三メートルを含む)であり、一メートル当りの請負工事代金は約二万円であつたこと
(三) 開発工業は、本件請負契約による浚渫工事を訴外開発重機株式会社(以下「開発重機」という。)に下請けさせ、開発重機が前記工事区間について昭和五一年一二月八日から本件浚渫工事を行つたが、前記工事区間内の浚渫工事の内容は、法面の雑草を鎌及び草刈り機で刈りとり、鋤で法面の土を削り、鋤で削れない凹凸の多い部分はバックホウ一台で削つたうえ、クラムシェル一台で川底から法面を削つた土及びヘドロ等の底土を約五〇センチメートルないし約一メートルの深さで浚い、最後にドバ打ちをして法面を整えるというもので、浚つた土はダンプカーでコンクリート橋の上流の土地三か所に運びブルドーザー二台で均したこと、前記工事区間内の工事は同五二年三月二三日に被告松戸市の検査を受け完了したこと
(四) 富士川の水深は、本件浚渫工事前の前記浚渫工事区間内で約四〇センチメートルないし約八〇センチメートル、コンクリート橋付近で約三五センチメートルないし約六〇センチメートル、本件転落事故当時の丸木橋付近で約四〇センチメートル、死体発見地点の下流五、六メートルの地点から下流で約四、五〇センチメートルであつたが、本件転落事故当時丸木橋の上流及び死体発見地点付近においては約二メートルと他の場所に比べて深みを形成していたこと
(五) 本件転落事故当時、死体発見地点の流山市側の法面の下側部分は垂直で削られたような形状になつていたこと(甲第一六号証の七)、死体発見地点と丸木橋との間の流山市側の天端には川底から引き上げられたものと推認される古自転車、三輪車、石詰め袋等が放置されていたこと(甲第一一号証の一二)、丸木橋付近の松戸市側の天端と畑の境付近に古木が放置されていたこと(甲第二一号証の二ないし四)、丸木橋付近の松戸市側の畑(松戸市平賀字谷川二四八番地)にブルドーザー一台が停められていたこと(甲第一一号証の八、一四)、同所の土の中にはその後貝殻が発見されたこと(甲第二一号証の六)
(六) しかしながら、死体発見地点付近の富士川においては、川底に約一メートルの厚さで泥水様のヘドロが堆積し、えぐられた形跡はなく、天端から水面に至るまでの法面は全体に雑草が繁り整えられていないこと
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで判断するに、右認定(二)の事実によれば、被告松戸市と開発工業との間の本件請負契約の工事区間には本件転落事故現場付近は含まれておらず、請負工事代金は前記工事区間に対応する金一〇九二万五〇〇〇円が開発工業に支払われただけであり、さらに右認定(六)の事実によれば、原告らが浚渫したと主張する死体発見地点付近の富士川の川底には約一メートルの厚さでヘドロが堆積していたが、浚渫工事直後の川底に約一メートルの厚さのヘドロが堆積することは考えられず、また、法面はそのままにし川底だけ浚渫するというのも前記(三)で認定した工事方法に照らし不自然であること、また、<証拠>によれば、富士川の河床は時間の経過により上昇している部分がある一方、下降している部分もあることが認められること(成立に争いのない甲第一六号証の二、証人葛岡和夫の証言及び検証(第一回)の結果による水深の測定方法は明らかでないからこれらの証拠を河床の変動の比較に用いることは適当とはいえない。)からすると、前記(四)、(五)で認定した事実をもつてしてもなお被告松戸市が本件浚渫工事の際本件転落事故現場付近の浚渫を行い、その結果深みが形成されたと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、本件転落事故現場付近の深みが形成された原因については本件全証拠によるも明らかでないというほかはない。
なお、証人竹内輝明は昭和五二年三月初旬頃、丸木橋からその下流四、五〇メートルの地点までの富士川の川底を浚渫し、浚つた土は同所付近の田に入れ埋め立てて畑にした旨、証人渡辺新治は浚渫機械が動いているのを見たことはないが、天端や法面の状況から、昭和五一年一二月頃から同五二年三月頃にかけてコンクリート橋下流約一五〇メートルの地点までの富士川の川底を浚渫し法面も削つた旨、原告加來洋二郎本人は丸木橋付近の松戸市側の葱畑の所有者から富士川の砂をあげてその畑に入れたと聞いた旨それぞれ供述し、右各供述は一部前記(五)で認定した事実に符合するが、証人渡辺の証言は浚渫区間及び浚渫工事の内容において前記(四)及び(六)で認定した事実に明らかに反するから措信することができず、証人竹内の証言及び原告加來洋二郎本人の供述については、丸木橋付近の松戸市側の畑に富士川の川底の土を入れたことが仮に認められるにしても、そのことから被告松戸市が本件浚渫工事に際して丸木橋下流付近を浚渫したと推認することは困難であることは前記のとおりであり、さらに証人竹内の証言は前記の畑に土を入れたとする経緯にあいまいな点が多く、昭和五二年三月初旬頃丸木橋下流付近を浚渫したとする点は前記(六)で認定した事実に照らして措信することができないから、いずれも採用することができない。
また、原告らは本件浚渫工事前においては、本件転落事故現場付近の富士川の水深は約三〇センチメートルであつたと主張し、証人縣敬、同清水京子、同石井基裕、同渡辺新治、同竹内輝明、原告加來洋二郎本人及び同加來千晶本人はこれに沿う供述をしているが、右各証人及び各本人の供述においては、右水深箇所が富士川のどの地点を指すのか、また、本件浚渫工事のどのくらい前の時点の状態であつたかについて明確でなく、他方、本件転落事故当時のコンクリート橋より下流の富士川の水深は前記(四)で認定したとおりであつて、水深が約四〇センチメートルと浅い箇所も認められるのであるから、右各供述の精度及び信用力は薄弱なものといわざるをえず、また、いずれも本件浚渫工事前である昭和四九年一月一四日の富士川の航空写真であることに争いがない甲第三〇、第三二号証の各一、二、いずれも弁論の全趣旨により同五一年二月二五日の富士川の航空写真であることが認められる乙第一八号証の一、二といずれも本件浚渫工事後である同五四年一〇月一日の富士川の航空写真であることに争いがない甲第三一、第三三号証の各一、二、いずれも弁論の全趣旨により同五三年一月二三日の富士川の航空写真であることが認められる乙第二〇号証の一、二とを対照して比較するも、コンクリート橋下流において富士川の水深が変化したことを示す顕著な違いは何ら認められないから、右各供述をもつて本件転落事故当時約二メートルあつた本件転落事故現場付近の水深が本件浚渫工事前には約三〇センチメートルであつたと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
三次に富士川の設置または管理に瑕疵があるか否かについて判断する。
1 <証拠>を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 富士川は松戸市と流山市の市境の見晴しのよい田園地帯をほぼ南々東から北々西に向つて流れる利根川水系に属する一級河川であり、本件転落事故現場付近においては、富士川に沿つて左岸の松戸市側で約八〇メートル、右岸の流山市側で約一二〇メートルの幅で田畑が広がつているが、右区間は市街化調整区域とされており、人家はない。そして、右市街化調整区域を隔てた富士川の左岸の松戸市では、昭和四七年頃同市平賀に安宅産業の分譲住宅八〇数戸ができた頃から住宅が増えて新興住宅地となつており(原告らの居宅も右分譲住宅の一画にあり、本件転落事故現場とは約三〇〇メートル隔てていた。)、本件転落事故直後の昭和五二年六月には富士川に沿つた同市東平賀、同平賀、同幸田の三地区で人口は二一二二戸、六六〇一人となつていた。また、富士川は流域の田の農業用水としても利用されていたが、その上流の上富士川流域の同市小金原及び同根木内に小金原団地ができた昭和四五年頃から住宅からの生活雑排水が流入するようになり、水質が悪化し、川底が見えない状態となつていた。
(二) 本件転落事故現場付近の富士川の天端は、松戸市側において幅員が約二メートルで平担であり、本件転落事故当時、松戸市側の右天端の西側部分(富士川から遠い部分)には富士川に沿つて裸地の道筋があり、その東側部分(富士川に近い部分)及び路肩部分は草が生えていたが、この道筋は、付近に田畑を持つ農家の人が農作業の際作場道として利用する程度の通路であり、幼児や学生らが通園、通学の際利用する場所ではなく、付近の住民らも一般の通行に利用してはいなかつた。
(三) 松戸市平賀字谷川二四八番地先と同二四九番地一先の境界付近の富士川には本件転落事故当時丸木が二本束ねられた丸木橋が架けられていたが、右丸木橋の設置には河川法二四条及び二六条の許可はされていなかつた。
(四) 前記安宅産業の分譲住宅のある松戸市平賀には、原告ら居宅の南側に安宅産業が造成した児童公園があり、また、本土寺にも遊び場がある他、付近に農地があることから子供の遊び場に事欠くような環境ではなく、本件転落事故前、富士川及び天端周辺は子供の遊び場とはなつていなかつたが、付近の子供らの中には数人で富士川天端周辺に至つて遊ぶ者もあり、さらに付近の住民の中にも富士川の天端付近を散歩する者があつた。
(五) 本件転落事故現場付近の富士川は、幅員が約三メートル、水深がヘドロを含め約二メートルで、法面は高さが約一メートルで水面にほぼ垂直に切り立ち草に覆われ、転落した場合つかまつてはい上がれるような物はない構造であつたが、天端の路肩部分は草が生えていたものの、天端の前記道筋を通行する者が天端と法面とを見極めることは十分可能な状態であつた。
(六) 本件転落事故当時の富士川には、転落事故の発生を防止するための柵、鉄線、金網等の防護施設は設置されておらず、立札等の警戒標識はなく、付近の住民に対し、前記二2及び右(五)で認定した富士川の構造についての広報活動もされていなかつた。
なお、本件転落事故後の昭和五二年六月頃、富士川の上流端付近の遊水池に有刺鉄線の防護柵が、また、富士川上流の市街化区域内の平賀川には金網の防護柵が被告松戸市及び流山市によつてそれぞれ設置された。
(七) 本件転落事故前には、富士川に転落して死傷の結果を生じた事故はなく、また、付近の住民らから富士川への転落事故を防止するための防護施設の設置等の要望もなかつた。
以上の事実が認められ、<証拠>中、本件浚渫工事前の本件転落事故現場付近の富士川の水深が本件転落事故当時に比べて約三〇センチメートルないし約五〇センチメートルと浅かつたことを前提とする部分はいずれも前記のとおり措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 ところで、国家賠償法二条一項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右設置または管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきところ、右1で認定した事実によれば、本件転落事故現場付近の富士川は幅員が約三メートル水深が約二メートルで、法面は水面にほぼ垂直に切り立ち、老幼者が転落した場合にははい上がることのできないような構造となつていたが富士川への転落事故を防止するための防護施設や警戒標識等は設置されておらず、加えて付近の子供らの中には富士川天端周辺に遊びに来る者もあつたのであるから、子供らが誤つて富士川に転落する可能性がないとはいえず、右危険は防護施設や警戒標識等の設置によりある程度は減少するであろうことは容易に認められるものの、河川は本来溺死等の水難事故の危険性を内在しており、河川の管理者が従前の河川の状況を変更することにより新たな危険を生ぜしめた場合等の事情が認められる場合を除いては、河川の利用者の自由な使用に伴う危険は一定の限度で利用者自らの責任により回避すべきものというべきであるところ、本件転落事故現場付近の富士川の構造が被告松戸市の本件浚渫工事によつて形成されたと認めることができないことは前記のとおりであり、また前記各証拠によれば、本件転落事故現場付近の富士川の天端、法面及び流水部分については、被告らにおいて特に手を加えていないことが窺われるから、右事実をもつてただちに富士川が通常有すべき安全性を欠いていたということはできず、前記認定事実によれば、富士川は田園地帯を流れる河川であり富士川流域の松戸市では新興住宅地が形成されていたものの、なお市街化調整区域をはさんで富士川とは約八〇メートル以上隔てていたこと、富士川の天端は幼児や学生らが通園、通学に利用していた場所でなく、付近の住民も一般の通行に利用してはおらず、いわゆる作場道程度の通路であり、また、富士川天端周辺は子供らの遊び場とはなつていなかつた等付近の住民や子供らの日常の生活行動の場に接着していなかつたこと、いずみが富士川に転落した態様は前記のとおり不明ではあるが、富士川の天端は平坦で法面との見極めは十分可能であり、本件転落事故当時天端の前記道筋を通行する際誤つて富士川に転落する危険はないこと、本件転落事故前には富士川に転落して死傷の結果を生じた事故はなく、付近の住民らから防護施設の設置等の要望もなかつたことが認められ、これら本件河川の場所的環境、利用状況等諸般の事実に鑑みると、本件転落事故当時富士川に防護施設や警戒標識等が設置されておらず、また、富士川の法面等の構造についての広報活動がなされていなかつたからといつて、富士川が河川として通常有すべき安全性を欠いていたということはできず(被告松戸市及び流山市が本件転落事故後の昭和五二年六月に防護施設を設置した富士川の上流端付近の遊水池及び上流の市街化区域内の平賀川は、場所的環境及び利用状況において本件転落事故現場付近とは差異があり、これに依拠して本件を論じるのは相当でない。)、したがつて富士川の設置または管理に瑕疵があつたとは認められない。
なお、原告らは丸木橋は違法に設置され、しかもその構造が危険なものであつたから、これを除去し、あるいは転落防止施設を設置すべきであつたのにこれを怠つたのは富士川の管理の瑕疵にあたる旨主張するが、前記認定のとおりいずみが丸木橋から転落したことを認めることはできず、仮に丸木橋を放置したことが富士川の管理の瑕疵を構成するとしても、本件転落事故と右瑕疵との間に因果関係が存しないことは明らかであるから原告らの右主張は理由がない。
3 よつて、原告らの被告国及び同千葉県に対する請求並びに被告松戸市に対する国家賠償法二条一項に基づく請求はその余について判断するまでもなくいずれも理由がない。
四被告松戸市の不法行為責任について
1 <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、被告松戸市は昭和五一年五月一〇日一級河川として指定されるまで富士川を準用河川として管理し、右指定後も富士川の上流の上富士川及び平賀川を流山市とともに管理していたこと、上富士川流域の松戸市小金原及び同根木内に小金原団地ができた昭和四五年頃から、富士川には住宅からの生活雑排水が流入して水量が増加し、上流の上富士川流域では一年に六、七回は溢水事故を生じていたことから、被告松戸市は富士川を浚渫して上流部分の流下能力を高め、右溢水事故を防止する目的でその費用で本件浚渫工事を行つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、一級河川に指定された後も被告松戸市は富士川を事実上管理していたものと認められるものの、被告松戸市が本件転落事故現場付近の浚渫工事を行つたことを認めるに足りる証拠はなく、また、富士川の設置または管理に瑕疵があつたとは認められないことはいずれも前記認定のとおりであるから、さらに被告松戸市において本件転落事故当時富士川に転落事故を防止するための防護施設を設置し、あるいは富士川の構造についての広報活動を行う等の事故防止措置をとるべき義務があつたと認めることはできず、被告松戸市が右義務を怠つたとする原告らの主張はその前提において理由がないものといわなければならない。
2 よつて、原告らの被告松戸市に対する民法七〇九条に基づく請求はその余について判断するまでもなくいずれも理由がない。
五以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官小池一利 裁判官下田文男は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官岩佐善巳)